時には昔の話を

少し昔の話を。イメージソングは加藤登紀子さんの「時には昔の話を」で。

先週、祖母の葬儀の後、遺影に使う為に引っ張り出した写真アルバムを整理していた時に発見した1枚。

今から15年ほど前の写真です。向かって左が僕で、右が祖母。撮影者は祖父。少しピンボケの写真をiPhoneで撮ったので、さらにボヤけてますけど(^^;;
撮影したのは近所の公民館の駐車場。この当時、僕は鳥取県境港市に営業職として本社籍で出向していて、今と比べてた長期連休も短かったのですが、その度にクルマで帰省していました。この時は、もう鳥取に帰る直前で「少し一緒にドライブしてみる?」と祖母を誘って近所の海岸線の道路をグルッと走った後に祖父が「写真も撮ろう」と言って撮影した写真。写っているクルマは「インプレッサWRX-STi type-RA ver.5 V-Limited」。僕の3番目の愛機です。カタログを観て一目惚れし、当時鳥取・島根両県を合わせても1台しか在庫がなかったクルマを即注文したクルマ。せいぜい悩んだのはセダンの「type-RA」にするか、クーペの「type-R」にするかくらい(当時はWRCで活躍するWRカーの影響でクーペの方が人気があった)で、営業で彼方此方周っていたから狭い駐車場でもドアの開閉に苦労しないセダンにしたって経緯があります。実家に帰って母や弟を乗せる事を考えてもドアが4枚の方が何かと便利でしたし。
初めて生活する土地、慣れない仕事で、苦労もしたし、良い思い出ばかりでは無いけど、そんな中で「走る楽しさ」を感じさせてくれたクルマでした。今なら時効でしょうけど、島根半島の裏側の集落まで営業に行く時が一番楽しくて、狭くて曲がりくねった道を「元気」に走ってましたっけ。
たぶん、この写真の時、祖母は初めて僕が運転するクルマに乗ったんだと思います。なんだかおっかなびっくりに助手席に座っていましたのも懐かしい思い出。そして、いつも別れ際に祖父は少しはにかんで、祖母は少し涙目で、母は笑顔で手を振って送ってくれる姿をバックミラーに見ていたのは今でも目に焼き付いています。こういう「思い出」は一生忘れないんでしょうね。
この写真を見つけて、家族に「懐かしいね」って言ったら
「この頃から(走りに狂っていたの)か?」
とツッコミがあって「まあ、これよりちょっと前かな?」なんて頭を掻いてましたけど(^^;;
今でも後悔・・・と言うか残念に思っている事は「もっと祖父母を乗せて色々な場所に連れて行きたかった」って事。代わりに一番下の弟が頑張ってくれて、当時乗っていたプレオで祖父母を大三島まで連れて行ったって話を聞いた時は嬉しい半分、羨ましくもありました。
祖父が僕の愛機に乗ってくれたのはGRBの時で、しかも末期ガンで病院に緊急入院する時。僕がメンタル系の疾患で休職して実家にいたので、もはや歩く事もままならない祖父を乗せて病院まで走った時だけでした。その時、看病していた祖母を送迎したり、母を勤め先に迎えに行ったりしたのも今では思い出の一つ。祖父が亡くなってから、祖母は急速にパーキンソン病を悪化させ、次第に歩く事も厳しくなっていきました。そんな中でも、クルマで帰省した時は、本人の体調が許す限り、彼方此方連れて行けたので、少しは孝行ができたのかなぁ。
1枚の写真から、懐かしい思い出を少しだけ・・・。