久しぶりに手に取った雑誌

しばらく買ってなかったのですが、表題に惹かれて買ってしまいました。

Racing on(特集)全日本F3000―Motorsport magazine (NEWS mook)

Racing on(特集)全日本F3000―Motorsport magazine (NEWS mook)

レーシングオンの今月号は全日本F3000の特集。世の中がバブルから一転不景気になっていく時代を駆け抜けた国内最高のフォーミュラーレース。ベテラン、若手、外国人が凌ぎを削って激しいレースが行われたと同時にタイヤメーカー間の開発競争、シャーシコンストラクターの開発競争、エンジンチューナー間の競争が激しく行われたのもこの時代です。
ドライバーも印象深い人達ばかり・・・。星野一義鈴木亜久里片山右京松本恵二服部尚貴、黒沢琢弥、鈴木利夫、高木虎之介、ロス・チーバー、アンドリュー・ギルバート・スコット、トム・クリステンセン、ジェフ・クロスノフ、ローランド・ラッツェンバーガー、エディー・アーバインジョニー・ハーバート、ミカ・サロ、そして・・・小川等。今でも小川さんの事故は目に焼き付いています、本当に惜しい人を亡くしたと思います。そして高木虎之介、彼がFSWで星野さんを破った時は鳥肌が立ちました「ついに凄い日本人ドライバーが出てきた!」と。若い方には分からないだろうなぁ、あの当時、富士スピードウェイでは絶対無敵と言われた星野さんをガチバトルで破る・・・という意味の深さってヤツ。リアルタイムで見られた僕らは幸せだったと思います。
それと、あのミハエル・シューマッハも全日本F3000の出身って知ってました?1戦限りのスポット参戦でしたが、彼は日本のF3000のレベルの高さに感銘し、ドイツF3後の進路に悩む弟のラルフに「日本のレースはレベルが高いから、ぜひ行って学んでこい」と言って日本に送り出したのは有名な話。
国内の3大メーカー(ブリジストン、ヨコハマ、ダンロップ)が凌ぎを削るタイヤ戦争も魅力の一つ。F1のタイヤ並みの開発技術が投入された全日本F3000マシンのコーナリングスピードはF1に勝るとも劣らないとまで言われ、実際、タイムで見るならばF1の下位チームのタイムよりも全日本F3000のトップチームのタイムの方が速かったと言われています。それがアクティブサスもなく、セミオートマもなく、トラクションコントロールもなく、空力で劣り、エンジンの回転数制限もあるF3000規定のクルマだったというところに、当時の全日本F3000のレベルの高さを推し量ることができるでしょう。
ともかく、恐ろしいほど高いレベルのレースが日本で行われていたのです。
なんか、凄く懐かしい気持ちに浸れました。
あの時代は「熱かった」と。
(敬称は一部略させていただきました)